【日記】ありがとう、僕のTwitter・・・からの自爆☆彡
X(旧Twitter)のアカウントを削除しました。削除後でも一ヶ月は復活させられる機能があって、一度誘惑に負けて復活させてしまったのですが、今度こそ正真正銘のアカウント抹消が完了。

十年以上付き合ってきたアカウントなので、日記にして供養したいと思います。
※Xと書くのがわかりづらいのでTwitterと表記します。
目次
消した理由
Twitterは相変わらず毎日楽しいのですが、その楽しさを上回る不快感があるのが辞めた理由。ポジティブな面とネガティブな面を点数付けすると、
Twitter経由で知り合った友人たちとの付き合い | +100点 |
「オータニさんが打った~ポガチャルが勝った~新横綱誕生だ~」な、スポーツ実況 | +20点 |
「次は2*13速です!新型の洗濯乾燥機はここがすごい!」な、新製品の速報 | +20点 |
「しっとりしている袋ドーナツは冷凍するとサクサクになるぞ」な生活ハック | +10点 |
「男がー女がー、もう終わりだよこの国、調子乗ってるやつが失敗して今日もメシがうまい、次のサンドバッグはこいつですよ」な、対立と義憤を嘲笑を煽り立てるゴシップ | -10000000点 |
な感じ。楽しさがあるのは否定しないし便利な面もあるのですが、有象無象から流れてくる一番下の類がひどすぎる。フォローしている人が同じような扇動ツイートをするのを見てしまうのはさらにキツイ。
とくに問題なのは、こういうツイートは見ていて邪な快楽があること。凶悪事件の犯罪者に憤ったり、昨日まで自分より地位も金も持っていた人間が転落していく様をみて愉悦を感じたりするのは、麻薬みたいなものです。義憤と嘲笑は快楽として刺激が強過ぎる。もっと建設的なことや自己実現、「綺麗なお花が咲きました、迷子の猫ちゃんが無事に見つかりました」みたいな穏やかな気持ちになること、のために心のリソースを割り当てたいと思うわけです。
ちなみに、こういう”他人の不幸は蜜の味”という心理は”シャーデンフロイデ 独: Schadenfreude”というらしい。他人が失敗するところを嗤うことは心理的に避けようがないことなんだそうな。そういうツイートに心動かされないようにする強い精神力があればよかったのでしょうが、ダメ側の一般人の僕は「嘲笑というお手軽な快感」に流されてしまうので、物理的に見られないようするためにアカウントを削除した、というのが今回の顛末です。
まあこういう風に書きたてること自体が「まだTwitterで消耗してんのwww?????」という自己満足の優越感だということは否定できないのですが。今回の日記でこういう破廉恥な感情も供養!供養!!
始めた経緯と楽しかった日々
Twitterのアカウントを作ったのが2013年ごろで、たしかロングライド・ブルベ関連の情報を集めるために使い始めた覚えがあります。自転車関連のイベントに出たくて調べていたところ、ブルベというロングライドイベントが各地で開催されていることを知りましたが、当時は情報がまとまっている媒体がありませんでした。なのでTwitterでそれに関連する情報をつぶやいているアカウントを探してきて情報収集していたものです。同じブルベを走る人・走った人を確認したり、ツイッターでやり取りしていた人と「リアルでは初めまして」したりで、新鮮で楽しかった覚えがあります。
ブルベ関連の飲み会や忘年会に参加させてもらったりは楽しい思い出です。

また、とんでもなく過酷なロングライドをする人やトレーニングを熱心にやってる人の近況を見たりするのも楽しくて、良い刺激になっていました。大阪⇒東京のキャノンボールをしたり、自分も負けじと頑張っていました。

徐々に広がる違和感と決定的ななにか
いろいろ変わりだしたのはコロナが蔓延していた2020年頃だったと思います。公共交通機関に変わる移動手段としての自転車は推奨されても、スポーツとしての自転車は憚られるようになりました。落車の怪我で医療リソースを無駄にしたらどうするんだ!県跨ぎの移動はもってのほか!と、とにかく自粛が叫ばれるようになりました。
それ自体は仕方がないことだと思うんですが、それ含めてなんでもかんでもピリピリしてたのがこの時期でした。この人変わっちゃったなーこんな陰気なことを言う人じゃなかったじゃなかったのになー、という知り合いが増えて、残念な気持ちになることが多かったです。ネガティブな気持ちになることが多くなってきたので、印象が変わった人や付き合いの少ない人、義理でフォローしていたアカウントは容赦なく整理していきました。
決定的だったのは、TLに「おすすめ」のサジェスチョンやプロモーション、広告も割り込んでくるようになったこと。センセーショナルなだけのゴシップやインパクトしか考えていないプロモーションなど、見たくもないツイートがTLを占め始めてうんざりするようになりました。
とくに厄介なのは自転車界隈に関わる不快なツイートが流れてくること。ツイート・フォロー・フォロワーが自転車関係中心なので、その中で話題になってるツイートがアルゴリズムで優先されて表示されるのです。「誰々が信号無視しました!末代まで糾弾してやる!」とか「こいつハッピーパワーメーターでイキってますよ!」とか「ディスクブレーキとリムブレーキ、どっちが優れているか人格否定を含む最強レスバトル!」とか、好きなはずの自転車に関する紛糾話ばかりが目立ってうんざりしていました。
こういう話題をつぶやく人のフォローを外しても、声の大きな話が優先されてTLに流れてきちゃうんですよね。Twitter運営が「炎上だろうがなんだろうがバズったほうが広告収入になる」と考えてるらしいので、露悪的なツイートこそ意図的に優先されてるような感覚すらあります。大衆をコントロールするには3S(Sport,Sex,Screen)を管理すればよいとビッグブラザーも言っていましたが、今の時代はそれに社会正義(Social Justice)と嘲笑・侮蔑(Scorn)が追加されてさらに容易く誘導できる世界のようです。
変わってしまったのは自分
しばらくROM専(死語)になっていたのですが、そもそも自分にとって必要な情報が無くなりつつあることに気づきました。
- ブルベ・ロングライドは現在のところ意欲低下。能動的に動けば情報は集められるので、Twitterを巡回する必要が無い。
- 自転車機材はいったんアガリ状態で事細かに情報収集する必要がない。新製品の速報はTwitterが最も早いのだけど、詳細含めてあとからでも確認できる。また、きちんとした情報・信頼性の高いインプレッションなどはリリースやブログ・Youtubeにあがっているし、Twitter上の中途半端なインフルエンサーのツイートはむしろノイズですらある。
- スポーツ速報・実況が無いのはちょっと寂しいが、ネタバレを踏まずにすむという考え方もできるのでよし。生活ハックはまあとくに必要なし。
- Twitterでしかつながってない知り合いとは交流できなくなるけど、長く付き合っている人は他SNSで連絡が取れるので支障なし。
ということで、今後の人生に必須じゃないなと思ったので、名残惜しく感じつつも削除するに至ったのでした。とくに知り合い関係を絶つことになるのは一抹の心苦しさがありましたが、コロナ禍を経てネットのつながりの儚さを実感したこともあります。とどのつまり、自分の考え方、優先順位がこれまでと変わってしまったのでしょう。
「あるとつい見ちゃう」ので、休眠でなく二度と使えないようにアカウント抹消で。長く使ってきたものを消したので、再開するにも徒労を感じて二度と触れないだろうと思って、これでよかったのだと納得させています。
今後のSNSと情報収集・発信
遠い知り合いと連絡をとるならFacebook、近くの知り合いはLINEというかんじで運用していきます。Facebookは不快な広告も(現時点では)少ないし、リサーチされるプロモーションも概ね関連性が高くて不自由なかんじはないです。みんなの更新頻度が低いから四六時中張り付いている必要もないですからね。情報収集は一部SNSとRSSリーダー(Feedly)で十分。
自分からの発信・思考整理の場所としてこのブログはしばらくは維持します。思ったことをすぐ呟くより、ある程度まとめながら考えを反芻したほうが頭の中がすっきりするので、日々のゴチャゴチャの発散場所として活用したいなと考えています。
と書きつつ、「辞める、消す、引退する、と言っている奴ほど辞めない」というのはインターネットあるあるなんですが。いつかTwitterに復帰していたら「こいつまたTwitterで消耗しに来てやんのwwwww」と煽ってやってください。